2013年09月15日

福島第1原発への理性的な対応妨げる放射線恐怖症

【オピニオン】福島第1原発への理性的な対応妨げる放射線恐怖症 - WSJ.com
より引用
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323410304579070472363568220.html?mod=wsj_share_tweet

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 原子力発電は、二酸化炭素排出という理論上の問題に対する有能な文明の解決策かもしれない。ただし、人類が有能な文明を持っていればの話だ。

 日本政府は、被災した福島第1原発への最新の対応策として、いずれにしろ実施する意向であった対策を取る方針だ。ぜいたくな公共事業への投資だ。それにより、凍結管を地盤中に張り巡らし、プラント周辺の土を凍らせることを計画している。そうすることで、地下水が部分的にメルトダウン(炉心溶融)した原子炉を通って海洋に流れ込むのを防ぐことを想定している。一方、一段と深刻なメルトダウンを防ぐための冷却作業で生じる汚染水も、プラント内にとどめられることになる。

 それでも、汚染水は不安定なタンクにたまり続けることになる。必要な解決策は、この水をろ過して可能な限り放射性物質を取り除いた上で海洋に放出することだ。残念ながら、日本の漁業団体は、日本のほぼ全てのロビー団体がそうであるように、さまざまな措置を阻止できる権利を有しており、そのような解決策への同意を拒否している。しかも、汚染されていない地下水を、東電が既存の設備を使用してプラントから海洋へ放出することにさえも、日本の漁業団体は反対している。こうした膠着(こうちゃく)状態は、現代世界での原子力復活への希望をくじくことになる可能性がある。

 放射線は被ばく量に正比例して危険度が増すという疑わしい理論によれば、福島第1原発の廃水に放射性物質が含まれている限り、最終的に粒子が魚に付着し、さまざまな仮想的悪影響を人体に及ぼす原因になる。

 実際は、かなりの数の調査によって、発がんリスクが高まることが統計的に認知できるのは、被ばく量が100ミリシーベルに達した当たりからだと考えられている。これは、日本が震災直後に設定していた地元住民の退避基準の5倍だ。しかも、多くの退避区域の実質的被ばくリスクはその基準をはるかに下回り、自然発生のバックグラウンド放射線をわずかに上回る程度だった。

 驚くべきことに、原発事故を受けて、日本は食品からの被ばくに対する許容線量を半分の水準にまで引き下げた。放射線リスクの誇張に否定的な見解を広く訴えている英オックスフォード大学のウェード・アリソン教授(物理学)の推定によれば、その程度のわずかな放射線を含む食品を1トン食べても、CT(コンピューター断層撮影)スキャンを1度受けた程度の被ばく線量にしかならない。また、たとえ事故直後に福島第1原発から直接流れ出た汚染地下水を12ガロン(約45リットル)飲んだとしても、同じだという。

 残念ながら、日本はその過剰な警戒をすぐに解きそうにはない。安倍晋三首相は、事故後に稼働停止された国内54基の原発の一部の運転を静かに再開し始めている。首相が何としても避けたいのは、放射線リスクに甘いそぶりを政府が少しでもみせることで、世論に火をつけることだ。

 東京が今週、2020年五輪の開催地に決定したことで、大げさなまでに除染を優先させる方針にさらに拍車がかかることになるだろう。来日したアスリートをがんのリスクにさらそうとしていると非難されるわけにはいかないからだ。

 日本が放射線に過剰なまでに敏感になる背景にはおおむね広島と長崎がある。しかし、もっと大きな原因はLNT仮説(直線しきい値なし仮説)を支持し、1950年代に大気核実験に異議を唱(とな)えた善意の活動家にあるかもしれない。LNT仮説とは、放射線はどんなに微量であっても健康に害があるとする考え方だ。

 遅ればせながら、そうした問題に関する権威機関の1つ、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、かつて擁護していた疑義あるリスク計算式を撤回しようと先頭に立って動いている。UNSCEARは昨年、恐らく地球温暖化への対抗策として原子力エネルギーを救出しようとの目的から、「低線量を大勢の人数で掛け合わせて、放射線で誘発された健康への影響を受けた人数を推計すること」は推奨しないとの見解を明らかにした。

 反原発活動家にとってさらに悩ましいのが、中には最大600ミリシーベルトの被ばくをした人もいる福島第1原発の作業員にさえ、放射線を原因とする疾病が見受けられず、今後発症する見込みもないとUNSCEARが断定したことだ。しかし、その結果、国連には非難が殺到した。

 もちろん、この点に関して、米国も誇れるところは全くない。米国政府が120億ドル(約1兆2000億円)を投じた「ユッカ山」への放射性廃棄物貯蔵施設の建設計画は、ネバダ州の政治家によって永遠に阻止される公算が大きい。地元有権者の立場を擁護する彼ら政治家のヒロイズムは、まさに誇張された放射線リスクモデルによってもたらされた当然の帰結だ。ハリー・リード(ネバダ州選出の民主党上院議員)万歳!しかし、原子力政策がこのような状態でいいのだろうか。

 われわれは、いま一度思い起こす必要がある。政府による保護なくして、原発は存在し得ないということを。米国では政府が事故保険を提供しており、それがなければ原発が建設されることは決してなかっただろう。核廃棄物の貯蔵、ひいては核燃料の再処理は、われわれが放射線に対する恐怖心をもっと現実的な方向へと調整すれば、決して解決できないものではない。これもやはり、政府だけがちゅうちょなく解決費用をまかなってくれるという問題だ。

 しかし、ここで1つの疑問がわいてくる。世界で最も有能な国の2つ(もちろん米国と日本のことだ)でさえ、目的の一貫性を保って原子力産業を効果的に管理できていない。だとすれば、われわれが望む気候にするために大気の化学的プロセスを管理するという難題に、果たして世界が立ち向かえるのだろうか。

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引用終わり


原発事故の被害について、健康上は大きな被害でないという記事であり、喜ばしいことだ。

ただ、現場の作業員や海域の漁師たちにとっては、汚染水漏れを止めることが第一であろう。

それが、過剰な要求だとしても、地下水のくみ上げなどのアクションには絶対賛成せず、とにかく反対、なんとかしろというところだ。

地域の漁師が被害者であることは間違いないが、風評被害があるからレベルを上げて対応するしかない。

日本政府による迅速な福島原発事故の終結を願う。

私は、原発推進論者の方だと思う。

ただ、東京電力などの隠ぺい体質、責任が感じられない記者会見を見ると、一度解体した方が良い気がする。

原子力は、ある意味、世界の最先端技術の一つであり、脱原発をしたら、それが失われてしまう。

脱原発となれば、職を失った技術者は、中韓で再雇用され、日本の技術を伝えることになってしまうと思う。

ただ、原発推進論者だからと言って、他のエネルギーを否定する気もなく、むしろ歓迎である。

シェールガスやメタンハイブレードが利用できるようになり、原発の稼働比率を下げることは賛成である。

記事では、「われわれが望む気候にするために大気の化学的プロセスを管理する・・・」とあるが、この研究は重要である。

地球温暖化をこのまま容認していけば、行きつく先は都市の水没だと思う。




posted by 日本に住んでる日本人 at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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