2013年09月02日

韓国 【コラム】安倍の歴史武器・・・馬鹿すぎる

【コラム】安倍の歴史武器 | Joongang Ilbo | 中央日報
より引用
http://japanese.joins.com/article/321/175321.html?servcode=100§code=140
http://japanese.joins.com/article/322/175322.html?servcode=100§code=140

↓   ↓   ↓

安倍晋三首相は挑発する。彼の政治武器は歴史だ。安倍は戦争の記憶を再構成する。そうして大衆への影響力を拡張する。

東京新宿の市ヶ谷記念館。安倍の歴史観の根が見えるところだ。そこは日本軍大本営陸軍本部だった。68年前の敗戦後、マッカーサーの極東軍事裁判の法廷に変わった。今は記念博物館だ。

東条英機ら戦争の主犯はそこで死刑宣告を受けた。しかし展示室に裁判の資料、写真、遺物はほとんどない。東京裁判のビデオ視聴で済ませている。戦争の責任と反省を表す展示物は見られない。

講堂の壇上に「玉座」の表示板がある。帝国時代の裕仁日王(日本では天皇)が座った場所を記念している。その表示は雰囲気を圧倒する。軍事法廷の敗戦と謝罪の記憶は押し出される。皇軍日本の郷愁に変わる。展示空間は日本軍の遺物で埋まっている。

その中でほぼ唯一、裁判の展示品がある。インド出身の判事ラダビノド・パル(Radhabinod Pal)の写真、判決文だ。パルは戦犯全員を無罪判示した。戦犯裁判官は米国・英国など連合国出身の12人だった。パルの無罪論は唯一だった。パルは戦犯裁判を「正義の外皮をかぶっているが、敗戦国の犯罪だけを扱った勝者の報復」と主張した。

2007年8月に安倍はインドを訪問した。最初の首相時代だ。安倍は「気高い勇気を示されたパル判事はたくさんの日本人から今も尊敬されている」と演説した。安倍はパルの子孫を訪ねてカルカッタまで足を運んだ。そしてパル判事を回顧した。1966年にパルが東京を訪問した時だ。パルは「日本が戦争犯罪を起こしたと子どもに捻れた罪の意識を植え付けてはいけない」と述べた。

「勝者の報復、無罪論、捻れた罪の意識」−−。パルの論理は巧妙にかみ合っている。パルの言語は日本右翼勢力の歴史アリバイだ。忘却と郷愁だ。忘却は「戦犯国家」という罪の意識をはたき落とす。郷愁は軍事力復活として作動する。安倍の歴史意識にパル判事が存在する。

ドイツも同じ経験をした。ニュルンベルクに第2次世界大戦戦犯裁判所が残っている。2010年、その建物に博物館が入った。展示物はナチスの犯罪の清算と膺懲、自省と教訓を表す。メルケル独首相が20日、ナチス時代の収容所を訪れた。メルケルの謝罪はその博物館の展示コンセプトと一致する。私は市ヶ谷とニュルンベルクの両方を訪れて比較した。記憶の2つの場所は対比される。両国リーダーシップの歴史観の違い劇的に反映している。

日本は「失われた20年」の沈滞を経験した。日本人の多数は国力再起のリーダーシップを期待する。安倍の歴史武器はこうした念願を狙う。安倍首相の歴史観は北東アジアの不安要素だ。韓中両国の共同対応戦略も検討されている。

しかし過去の事例は共同対処の適正線を引く。1995年11月、青瓦台(チョンワデ、大統領府)で当時の金泳三(キム・ヨンサム)大統領と江沢民主席が会った。当時、日本閣僚の過去の歴史をめぐる妄言があった。2人は日本を強く糾弾することにした。首脳間の共同戦線が形成された。会談後、金大統領は「日本の悪い行儀を直す」と述べた。江沢民は「日本の少数軍国主義勢力を警戒しなければならない」と話した。原則的な言及だった。江沢民の発言レベルの調節は共同戦線の離脱だ。2年後、韓国はIMF通貨危機を迎えた。日本は金大統領の支援要請を軽く拒否した。

北東アジア国家の間には葛藤と協調が微妙に混在する。私たちは中国とも東北工程の歴史をめぐる葛藤がある。中国の海洋領土(離於島)主張は潜在している。

朴槿恵(パク・クネ)政権登場後、北東アジア協力の枠は変化した。韓米中の新三角協調が浮き彫りになった。北朝鮮の3度目の核実験に対する新協調の成果ははっきりと表れた。経済制裁と金正恩(キム・ジョンウン)政権に対する圧力につながった。しかし北核脅威の本質はそのままだ。北朝鮮は核を放棄しない。これに対する抑制と対応の手段は韓米同盟だ。韓米同盟の延長線は日本との安保協力だ。中国の対北朝鮮圧力は一律的でない。韓中協力への過度な移動は韓米同盟を傷つける。

歴史を武器とするリーダーシップは厄介だ。韓国が安倍政権を扱う方法は緻密でなければならない。その出発は政治・歴史と経済・文化の分離だ。歴史問題に断固、毅然と対処しなければならない。経済と文化には過度な民族主義の注入は禁物だ。

朴大統領は統一を国政アジェンダ(光復節演説)として出した。南北統一は中国・日本の協力と同意が必要だ。ドイツの事例は学習課題だ。日本の問題の解決法は戦略的想像力とビジョンを要求する。リーダーシップの洞察が重要だ。ここに国民の知恵を必要とする。

↑   ↑   ↑
引用終わり


東京新宿の市ヶ谷記念館の展示内容に文句があるようだが、内政干渉しないでほしいものだ。

別に戦争を賛美しているわけでなく、歴史を作った先人に感謝の念を表しているだけだ。

そして、ドイツと一緒にしないでもらいたいものだ。

なんで、人道上許されない民間人の大量虐殺をしたナチスと同じにされるのか理解不能である。

メルケル首相は謝罪していない。ナチスが酷いことをしたと認めているだけである。

「韓国はIMF通貨危機を迎えた。日本は金大統領の支援要請を軽く拒否した。 」

これは事実ではない。


アジア通貨危機 - Wikipedia
より一部引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E9%80%9A%E8%B2%A8%E5%8D%B1%E6%A9%9F#.E9.9F.93.E5.9B.BD

↓   ↓   ↓

(中略)

先進国協調の下で、韓国に対する金融支援パッケージが組まれた。日本も第二線準備としては最大の100億ドルの支援の意向を表明したが[3]、結局、第二線準備金は使用されることはなく貸し出されることはなかった

(中略)

12月12日時点で韓国の抱えていた民間短期対外債務残高は320億ドル、その借入先の内訳は、日本が118億ドル、欧州全体で118億ドル、米国42億ドルであったとされる[2]。

(中略)

先に述べた日米欧の民間銀行に対する債務返済繰り延べ(リスケジューリング)の成否が、まさに韓国の国家破産を回避できるかどうかの鍵を握っていた。日本政府は、邦銀に対して返済繰り延べの説得に奔走し、混乱する金融市場の中で邦銀の合意を取り付け、1998年1月29日には日米欧民間銀行団の短期債務繰り延べ交渉を妥結に導いた。これは市場に大きな安堵感を与え、1月29日に1ドル=1,678ウォンであった為替レートは、翌1月30日には1,524ウォンまで値を戻した。

(中略)

↑   ↑   ↑
引用終わり


日本は、韓国の通貨危機でかなり韓国のために動いたようですが、感謝の一つも述べられないんですかね?

政治・歴史と経済・文化の分離というけど、日本は以前から歴史と経済の分離を主張していて、無視していたのは韓国だ。

しかし、この文化と言うのは曲者で、教育も文化と考えれば、反日教育をしている韓国とは、同調することは不可能であろう。

私は、北朝鮮問題で韓国と連携するのは良いが、経済協力なんて必要ないと思っている。

どうせ、金を出せと要求されるだけなのだから、できるだけ距離を置いた隣人づきあいを希望する。




ラベル:韓国 安倍首相
posted by 日本に住んでる日本人 at 04:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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